四十九日の非常識


 Aさんは先日、奥さんを亡くされました。葬儀が一段落したのもつかの間、親戚の方々から「四十九日の日取りを決めよう」と言われ、お寺に来られました。日程もまとまり、一週間が経ったある日、Aさんから電話がかかってきました。「すみません。先日日程を決めさせていただいたのですが、親戚から『三月越しの四十九日はいけない』と言われまして…。私の一存では決めれないことなので、日程を変えていただけないでしょうか」とのことです。結局日程を変えることになりした。


 このようなことはよくある話ですが、「三月越しの四十九日」というのは、四十九日法要を命日から三ヶ月目になって行なうことを指します。しかしこれを禁じる掟など、どこにもありません。カレンダーをにらんで、月のうちどの日なら三月越しになるのか数えてみて下さい。たとえば10月14日に亡くなったのなら、四十九日は12月1日で三月越しになります。ということは毎月14日以降の命日のときはすべて三月越しの四十九日です。三月越しになることの方が多いのです。 それをだめだといっていたら、「四十九日」の意味もなくなってしまいます。

 三月越しの四十九日を嫌う風潮は「始終苦(四十九)が身につく(三月)」という語呂合わせが起源のようです。ばかばかしいと思いませんか。なんだか、仏事を早くすませたいから言い訳しているようにみえてなりません。それは言い過ぎかもしれませんが、仏事を行なうのに縁起を担いだり日柄を気にしたりする必要はまったくありません。というより、そのようなことを考えることこそ、仏事のこころに背くことです。

 四十九日とは故人の命日を基準として七日ごとに行う「中陰法要」の最後の法要で、「満中陰(まんちゅういん)」ともいいます。最初の七日目を初七日(しょなのか)、次いで二七日(ふたなのか)・三七日(みなのか)と続き、七七日が満中陰です。もともとはインドの輪廻思想の中で、前の生涯から次の生涯に生まれるまでの宙ぶらりんの期間を「中陰(ちゅういん)」もしくは「中有(ちゅうう)」といっていました。49日目にはれて次の生が決定するから四十九日を特に満中陰といいます。それが仏教の風習に入り込んだのが、今の中陰法要です。

 しかしそれがそのまま仏教的に意味のあることではありません。生死輪廻を超えていくことを目的とするのが仏教であるからです。特に浄土真宗では、生前から念仏に出会い、疑いなく信心をいただいた者は、臨終の次の瞬間には浄土へ往生すると教えられています。死者の霊魂が、49日もの間この世をさまよっているというようなことはありません。

 この49日間という時間は、むしろ後に残った遺族の心が整理されてくる期間と、味わうことができます。別れの悲しみが癒され、本当に落ち着いて故人の死と向き合えるようになるまでの期間です。ふらふらと迷っていたのは、亡き人ではなく実は、死を嘆き恐怖する私の心であったのです。浄土へ往生された方は、そのまま私を導く如来のはたらきとなっておられます。常に私に願いをかけ続けておられる。その願いにより私の迷いが知らされる。その願いを落ち着いて聞きとどめることができるのが、四十九日の機縁です。

 仏事は、私が故人に「何かをしてあげる」のではなく、むしろ仏となられた故人の「願いを聞かせていただく」ものです。亡き人のために何かせねばという姿勢は、かえって故人の往生を疑っている、つまり仏の願いを疑っている姿にほかなりません。「願いを聞かせていただく」貴重な時間を、単なる語呂合わせで日程を変更したり、気を揉んだりしていては、せっかくの法縁が台無しになります。故人をゆっくりと偲び、またその思い出を、今度は仏の願いとして味わっていく機縁が四十九日法要なのです。

 日程のやり繰りが難しいなら、妙な言い訳は不要です。皆が落ち着いて聴聞できる日を選べば、それでいいのです。