仏壇の非常識

 仏壇に手を合わせて、亡くなった家族に語りかけるシーンを、テレビドラマなどでよく見かけます。ドラマに限らず、仏壇のご本尊には目もくれず、もっぱら、位牌や写真にお参りしている人は多いようです。これは、「仏壇は死者や先祖をまつるところ」という誤った思い込みのなせる技でしょう。

 仏壇はご本尊である阿弥陀如来を安置するもので、断じて死者の入れ物ではありません。凡夫たる私たちの目には見えない阿弥陀様のお姿を、実際に形あるものにして、その阿弥陀様の国・浄土の世界を具体化しているのが仏壇なのです。如来の智慧と慈悲は、普段は気づかない本当の私自身の姿を映し出し、私たちが日々生きる力を与えて下さいます。だから仏壇は、浄土からの光の差し込む家庭の窓とも言えるものです。仏壇のない家は生きる指針を持たない暗い牢獄と例えられるのはこのためです。

 なくなった人たちを思う余り、お仏壇の主役を阿弥陀様でなく、先祖にすり替えてしまってはいけません。先祖は仏壇に住んでいるのでなく、浄土にあって、私たちに阿弥陀如来の願いが届くよう呼びかけて下さっています。その呼び声に気づかず、ご本尊をないがしろにしておいて、しっかり先祖を供養していると満足してしまっていては、極めて申し訳ないことです。故人や先祖を思う気持ちは大切です。しかし、その先祖がどこでどうされているのか、何を願われているのか、そのことをよくよく聴聞することです。

【仏壇の非常識Q&A】

1.何もないときに仏壇を求めると良くないのでは?

 仏壇が死者の霊魂の入れ物という誤解から生じた迷信です。仏壇は浄土真宗門徒の日常生活の心のより所であり、家の主です。充実した人生のためには、どんな家庭でも仏壇が必要です。こんな迷信に惑わされず、是非とも、仏壇を迎えていただきたいものです。

2.分家に仏壇は不要?

 必要です。前問と同じく、独立して新居を構える家族があった場合、是非、一家の「心の生活」の中心である仏壇をお迎え下さい。進学や就職で家を離れて生活する方がある時も同様です。単身者には、三つ折りの小型の本尊や、懐中名号という携帯用のご本尊もいいでしょう。いずれも本願寺から下付されます。詳しくは、お取り次ぎのお寺にご相談下さい。

3.ご本尊はおまけ?

 浄土真宗では位牌は用いません。位牌は仏教の考えには本来ないものだからです。法名は過去帳に記載しましょう。また、故人の生前の写真も仏壇に入れることは避け、別なところに飾りましょう。写真は見るものであって拝むものではありません。位牌・遺影・お守りといった、拝んでしまいそうな、人を惑わす余計なものは、仏壇に入れないことです。仏壇の主役はあくまでご本尊です。また、仏壇の美麗な美しさに目を奪われ、ご本尊をおまけ扱いするのは大きな誤りです。

4.仏壇の方角は?

 仏壇は家の中心ですから、一家が揃って礼拝しやすい場所を選んで下さい。どの方角になっても構いません。つまらない迷信に惑わされないように。

5.仏前でリンを鳴らす理由?

 仏壇にある鈴(リン)は読経や儀式の際に用いる楽器です。おつとめをしない時には、むやみに鳴らすものではありません。神道のカシワデの影響か、如来の目を覚まして、注目させるためにリンを鳴らすのだと言う人がありますが、仏様はそんなケチな方ではありません。目を覚まし、如来の願いに注目しなければならないのは私たちの方なのです。

6.お仏壇を迎えたら?

 仏壇を購入し、ご本尊をお迎えしたら、「入仏式」という法要をおつとめします。家に主をいただくおめでたい法要です。喜びの内に、これから本当の人生を歩む決意をするくぎりの行事です。「魂」や「性根」を入れたり抜いたりするような類いの、得たいの知れない儀式では決してありません。