戦後50年に問う

築田哲雄(広島市南区法光寺副住職)


 ちょうど戦後五十年にあたる今年にあわせるかのように、私たちはふたつの惨事に見舞われた。いうまでもなく阪神大震災とオウム真理教事件である。この二つの惨事は、戦後五十年の間、顔を背けてきた問題を、改めて私たちの前に突きつけたように思われる。

 阪神大震災では、科学技術の粋を集め、決して起こり得ないとされた高速道路がアメのように曲り、高層建築がおしつぶされ無残な姿をさらけだした。瓦礫の中で肉親の遺体を捜す男性が、手にした物をぶち投げて「チクショウ!」と叫ぶ姿を、私は忘れることができない。豊かな生活を夢見て、それまで営々として築きあげてきたものが一瞬に崩壊したばかりか、その下敷きとなって肉親の命を奪われたこの男性の、もって行き場のない怒りと悲しみの姿は、私たち戦後の生き方の結末をまざまざと見せつけられた思いである。

 またオウム真理教問題は、人間が心の奥に秘める暗部を垣間見せた。サリンで無差別殺戮という犯罪をおかすなど、どんな極悪非道な殺人鬼かと思いきや、ごく真面目な、我々と同じというよりも、我々以上に善悪をわきまえたはずのエリートたちであったということ、これはまことに畏しいことである。そして実は、私たち自身、五十年前のあの大戦中「お国のために」の言葉のもとに、五十歩百歩のことをしてきたのであり、まさに「さるべき業縁がもよおせば、いかなるふるまいもすべし」という底無しの暗さを抱えている人の身の事実を思わずにはおられない。

 なればこそ、私たちはこの身の事実から目を離してはならないし、ことに戦時中お念仏・信心の名のもとに多くの門徒を戦場にかりたてた私たち教団の過ちを曖昧にしてはならない。それが、「悪性さらにやめがたし。心は蛇蝎のごとくなり」と、己の罪障を見すえられた宗祖の教えに縁を結ぶ者の生き方であろう。戦後五十年を迎えて、私はそのことをしきりと思う昨今である。

(1995.7)