その重い荷物はいつおろすのですか?

久保田 孝誓(広陵東組基推委主任・広島市中区報恩寺住職)

 世間では幸・不幸を決める条件は5つあるという。

 (1)お金や財産  経済的に恵まれるということは、まず第一の条件である。
 (2)健康     いくらお金があっても、寝たきりの生活は幸せとは言えない。
 (3)家族     暖かい家族は、何よりの幸福の条件である。
 (4)仕事や趣味  打ち込める何かがあるということは、幸せなことだ。
 (5)地位や名誉  たくさんの人からもてはやされ、なんとも気持ちのよいものだ。

 これらの条件を満たすため、日夜馬車馬のように働き、つかめるものはつかめるだけつかみ、また、頬ばれるものは頬ばれるだけ頬ばっている私がいます。一般的に幸せを実現するために、私たちはいろいろなものを整えてゆかねばなりません。

 しかし、それらはあくまでも幸せを実現する手段で、目的ではありませんし、それらを貪ってもなりません。最終的に幸・不幸を決めるのは自分自身だからです。

 先日、永代経法座のご縁をいただいた。ご講師さんが

 「私たちの人生は、重い重い荷物をさげて歩いているようなものだ。右手の荷物を左手に持ち替えた瞬間、あ〜楽になった!と思っても、しばらくすると左手に荷物がくいこみ、また辛くなる。そしてまた右手に持ち替えて楽になったような気がするが、根本的には何の解決にもなってないし、いつまでも苦しみからは逃れられない。」と、続いて大きな声で「その荷物をおろしてみんさいや、楽になるけ〜」とおっしゃった。目からウロコが落ちたような気がした。

 『貪欲』 『執着』という名の大きな大きな荷物を、ひきずるがごとく日々歩み、右手に持ったり左手に持ったりしてもがいているのは、他ならぬこの私自身だったのです。幸せになろう、幸せになろうと求めていたもの、実はそのことが自分自身の苦しみの根源だったと気づかされたことです。

 「その重い荷物はいつおろすのですか?おろすことが出来ないのなら、せめて荷物を軽くすることは出来ませんか?」

 自分自身の心の中で、こんな呟きが聞こえた。