如是我聞

松尾淳成(広陵東組基推委主任・広島市南区専立寺住職)

  釈尊が入滅された後、五百人の弟子がマガダ国の王舎城郊外に集まって、それぞれが聴聞した釈尊の教えを確認しあったといいます。弟子たちはさまざまな機会に、それぞれ別個に教えを受けていたので、一堂に会して各自の記憶の混乱や矛盾を正しあう必要があったのです。ただし、お経が文字に書かれるようになるのは、釈尊が亡くなって約五百年後のことです。

 お経は「如是我聞」という書き出しではじまります。「私はこのように聞かせていただきました…」とはじまるのです。伝統的に「我」は、多聞第一とされた阿難尊者をさしますが、文字どおりの主語はこの“私”です。

 有名な『般若心経』は、「観音菩薩さまが…」とはじまるじゃないか、と言う人もおられますが、「広本」という内容の多い写本は、「如是我聞」とはじまり、釈尊が王舎城にいらっしゃるときに…、と続きます。お経の書き出しは、ほぼ例外なく「如是我聞」なのです。

 お経を「釈尊の教えを記録したもの」と定義するならば、「如是仏説(=このように仏は説かれました)」という書き出しの方が自然だと思えます。しかし、仏教では、釈尊が何を説かれたかということも大事にしますが、それ以上にこの私が教えをどう受け止めたかを大切にします。キリスト教の聖書が「主いわく…」ではじまるのと比べると、仏教が主体性にゆだねられた宗教であることがわかります。「解釈は自由」とまではいかないにしても、眼目は「各人が釈尊の教えを各様に理解する」にあるのですから、それだけ学びがいがあるといえるでしょう。私たちは本を読み、お聴聞を重ねることで、その意味を理解することはできます。しかし何を読んだか、何を聞いたかではなく、自分がそれをどう味わうかが問題です。他人の胃袋におさまったものは自分の役には立ちません。自分が納得のいくように噛み直す必要があります。

 言い換えると、お経のことばをそのまま使わないで、そこに説かれている心境を自分の経験を通して、自分自身のことばで語ることができるか、ということです。縁起とか他力いう用語を使わないで、その意味するところを日常的な私自身のことばで言えるでしょうか。禅問答風に言えば、釈尊や親鸞聖人は私たちに、「縁起とか他力などのことばは私のものだ。それをお前のことばで言え。さあ、どうだ」とおっしゃているように、私には思えます。この問いにはかなりきびしいものがありますが、私たちは釈尊や親鸞聖人の問いに答えなければならないのです。