インドにて

青原令知(伝道広報部会部長・広島市中区真光寺住職)

 その日のガンジス河は珍しく澄みわたっていた。父の遺骨は星のように白く瞬きながら、静かに水の底に沈んでいった。岸辺のヒンドゥ寺院の鐘の音が葬送曲のように響く。ガートでは次第に沐浴の人たちの数が増えていく。遠く火葬場の煙がたなびくのをぼんやり眺め、ふと気がつけばボートのそばに、流されたインド人の遺体が浮かんでいる。なんという世界だろうか。

 昨年往生した父の散骨を目的としたインド仏跡参拝は、ここヴァナラシのガンジス河においてクライマックスを迎えた。これまでの観光気分とはまるっきり異なる荘厳な雰囲気に包まれた。

 インドでは、荼毘に付した遺骨と遺灰を川に流すというのが一般的な火葬の仕方である。だから火葬場はたいてい川のそばにある。ヴァナラシ(日本名ベナレス)という町は、インドでは最も神聖な宗教的聖地である。ここを流れるガンジス河の川辺に何ヶ所かの火葬場があり、国中の人々が遺体を抱えて火葬に訪れる。ヴァナラシで家族の火葬をするのはインドの人たちにとって一つのステータスになっている。しかし火葬ばかりではない。経済的に火葬する余裕がなかったり、結婚前に亡くなったりした遺体は、そのまま川に流される。先ほど見た遺体がそれである。そしてガンジス河はそれ自体聖なる河として崇められ、多くの人たちがはるばるここに沐浴に訪れる。その沐浴場が河辺に幾層にも連なっている。その側に火葬場もあるのだが、インドでは沐浴場も火葬場も同じく「ガート」と呼ばれている。遺体が燃やされ、遺骨が流されるその横で沐浴するというのは、日本では考えられないことである。ヴァナラシのガンジス河畔は、このような生と死の交錯する宗教的空間である。

 不思議な体験であった。故郷広島の、近代的建築の火葬場での流れ作業のような無味乾燥な火葬では決して味わえない、どこかに忘れてきた感情を、ここガンジス河で呼び覚まされた気がする。ここには真正面から死と向き合い、そして今生きていることの喜びを実感できる空間がある。

 父の遺骨に手を合わせて見送りながら、これまで自分は、念仏をするのに理屈や言い訳をし過ぎていたんじゃないかと反省した。

 つぎの訪問地であるクシナガラの涅槃堂で巨大な釈尊の涅槃像に再会したとき、素直に念仏が口をついて出た。ここに釈尊がおられたことがうれしくて涙があふれた。

 「仏を念い、仏を念う」その基本的な心を失えば、自力だろうが他力だろうが、もはや「念仏」ではなくなってしまう。そう思った。日本に帰ればまた元の忙しい相変わらずの生活に戻ってしまうだろう。けれどもこの気持ちだけは忘れず持ち続けたい。