家庭の役割

高松秀峰(真宗学寮理事長・広島市中区西向寺住職)

 最近テレビで骨董品の価値を鑑定する番組などが放映されています。

 本通りのはずれで骨董品の古物商をされている門徒の方に、興味半分で尋ねてみました。

 「価値のあるもの無い物の真贋はどうやって勉強されたのですか?そういう知識を勉強できる学校なんかがあるんですかね。」

 「いいえ、学校で学んだんではないんです。父は『本物の中に育ってなければ偽物を見抜く能力は身につかない』とよく言ってました。ですから父は、小さいときから『これは本物じゃけえ、よう見とけえよ』といって、子供の私に本物を手渡して見せていました。」

 なにげない会話のやり取りでしたが、家庭の中で宗教的なことを伝えていく上での大事なことを物語っているような気がします。現在の家庭環境は核家族化し、本当のこと、大切なものを次の世代に手渡していくことが難しくなっています。また無宗教であることを誇るような日本人の常識の中で、本当の価値があるとはいえない財産や社会的地位のみを重視して、お念仏やいのちの尊さについてを伝えうる力を家庭が失いつつあります。その中で仏教の因果の道理にそぐわない、人間の欲望を満たすことを目的とした宗教を、本物と見誤っている現実があるのではないでしょうか。

 親鸞聖人は『教行信証』のいよいよ最後にあたり、道綽禅師の『安楽集』の文を引用されています。

 「前に生まれるものは後のものを導き、後に生まれるものは前の人の教えをたずね、この循環が連続して絶えることのないようにしたい。数限りなり迷いのものが救われていくためにも..」(注釈版聖典474頁 趣意)

 残虐な事件が毎日のように報道される中で、「心の教育」が叫ばれるようになりました。ちょうど駅伝のタスキのように、お念仏の薫る生活から、間違いなくその教えを次へ伝えていくことが、今の家庭に必要なことと思います。

(1997.10)