染香人

武田達裕(広島市南区広寂寺住職)

 社会が豊かになったためか、良い香を求める時代になりました。どこの家にも、匂い袋やポプリがさりげなく置いてありますし、フランス料理には香草が添えられています。ところが社会は、良い香りどころか、胡散臭い出来事に満ちています。また、無垢のはずの子供たちが、一体何に染まっているのだろうかと思わせる事件を次々に起こしています。

 浄土真宗では、有り難い人のことを「染香人」とも表現します。阿弥陀様のお慈悲を喜ばれる人には何とも言えないムードが身についていることが多いものです。その様子が、香に染まった人の身に香気があるのに似ているので、「染香人」と誉め讃えたのです。

 勿論、人間が煩悩を離れて阿弥陀様と同じ徳の身になるはずはありません。しかし、阿弥陀様から届けられたお徳が、香のようにその人の身に染まり、独特の匂いを出すのでしょう。

 御門徒の中に、有り難い先生がおられました。お母上から、「あなたは、如来さまのお慈悲に出会うために生まれたのです」と言われながら育った方でした。その先生が何か話し出されると、周囲の空気が変わってお慈悲の香りが感じられました。私自身、先生と話をした後しばらくは、家の者に対しても言葉が優しくなり、また、小さな事が気にならなくなりました。すると不思議なことに、その時だけ子供たちが私の言うことを聞きました。先生の香りが周囲に伝わったのでしょう。

 この先生は、俗に言う良い匂いの方ではありませんでした。若い頃に結核にかかられたために、いつも消毒薬の匂いでした。ここでいう香は、鼻で嗅ぐ匂いではありません。その方の表情や声の響きの中に、香ってくるものがあるのです。

 そういえば、お慈悲を喜ばれる方は、何となく似た顔をしておられますし、声もよく似た響きを持っておられます。そして、その方に接した相手の心はスッキリと晴れ上がります。考えてみれば、誤魔化しがきかない恐ろしいことです。

 あなたはどんな香に染まっていますか。

(1998.4)