目連(もくれん)

 目連(モッガーラナ、大目ケン連)は、釈尊の十大弟子の中「神通第一」と呼ばれています。神通(じんづう)というのは超能力のようなものです。たとえば、今はアメリカへもどこへでも飛行機に乗れば行くことができますが、昔はそういうわけには行きません。それを目連は、地獄でも極楽でもどこへでもすぐさまに行くことができました。浄土三部経の一つ『観無量寿経』でも、その力を使って幽閉された頻婆娑羅王のもとに飛び、王に説法したことが伝えられます。

 その目連がある時、亡くなったお母さんは今どこにいるのかなと、得意の神通を使ってさがしにでかけます。しかし極楽にお母さんの姿は見つかりません。なんと母は、餓鬼道に堕ちて飢えに苦しんでいました。食べ物をあたえても、母が手をのばすと燃えあがってしまいます。急いで目連はお釈迦さまのところへ行って、母を救う方法をたずねました。お釈迦さまは、「母を餓鬼道からたすけるには、多くの僧の力を借りなければならない。僧たちに百味の飲食を供えなさい。」と目連に教えます。今のお盆(盂蘭盆会)の風習は、このお話がもとにになっているといわれます。

 目連の最期は実に衝撃的です。彼は、過激な異教徒から釈尊を守る、ボディーガード役もつとめていて、そのため、異教徒たちからことさらに憎まれていましたが、ある日とうとう街頭で襲われて、石や瓦でたたき殺されてしまったのです。

 瀕死の目連のもとに駆けつけた親友の舎利弗は尋ねました。「神通にすぐれたおまえなら、攻撃を簡単にかわせたはずなのに、なぜやられるままになっていたのだ。」目連は答えます。「私が親不孝のために餓鬼道に堕ちてしまった母の苦しみはこんなものではない。私は母の苦しみを少しでも背負いたいのだ。」そう言い残して目連は死んでいきます。幼いころからいつも行動をともにしていた舎利弗は、涅槃に入るのも一緒だぞといって、釈尊に暇乞いをして自ら入滅していきました。釈尊の教団の最も悲惨な事件でした。