七 高 僧

● 七高僧とは

 七高僧は、七祖ともいいます。親鸞聖人が真宗相承の祖師と定めた七人の高僧方のことです。お釈迦さまの教えは、二千年という時間と、インドから日本までの距離を一足飛びにとびこえて親鸞聖人に伝わったわけではありません。インドの龍樹菩薩・天親菩薩、中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、日本の源信和尚・源空(法然)上人の七人の方々は、お釈迦さまの真意がどこにあるのかを見抜かれ、阿弥陀仏の本願は、いつの時代、どこの国の人々にも通じる救いの法であることを明らかにされた方であったと仰がれ、その教えに随順されたのが親鸞聖人です。親鸞聖人が書かれた正信偈は「ただこの高僧の説を信ずべし」と結ばれています。浄土真宗は久遠の昔、阿弥陀仏の本願にはじまり、お釈迦さまによって人間世界に宣布され、七高僧によって連綿と受け継がれたもので、親鸞聖人は幸いにして、恩師・法然上人から親しく教えを聞くことができたと味わわれています。

 村上速水和上は、真宗の教えを「美味しいご馳走」にたとえて説明されました。浄土真宗というご馳走の材料が『無量寿経』に説かれた「弥陀の本願」です。人間の健康を保持するために必要な栄養素はすべて材料の中に含まれているように、私たちの迷いを転じて悟りを開かせてくださる働きのすべては、「弥陀の本願」の中にあります。けれども、どれほど栄養に富んだ材料であっても、材料のままでは美味しくもなければ、ご馳走にもなりません。巧みな料理人によって材料がいろいろな形に料理され、上手に味つけされたときに、はじめて美味しいご馳走になって、私たちの食欲をそそってくれます。インド、中国、日本の七高僧といわれる方々は、それぞれの国、それぞれの時代の人々の好みに応じて、「弥陀の本願」という材料に美味しく味つけしてくださった方と考えたらよいでしょう。できあがった料理の形はそれぞれ違っていても、材料は同じ「弥陀の本願」です。こうして出来上がったご馳走の一つ一つを丹念に賞味し、それをお膳の上に並べて、「さあ、みんな一緒にいただこうではないか」とすすめて下さった方、それが親鸞聖人です。

● 七高僧を選ばれた基準

 親鸞聖人における七祖選定の理由は次のようなものです。

 一、著作のある人(書物がないと信仰の内容を知る手だてがない)
 二、その人独持の発揮のある人(自分の体験や味わいを通して時代や社会にふさわしい表わし方をされた)
 三、説いていることが本願の趣旨にかなっているかどうか

 ただし、親鸞聖人が最初に条件をあげて、条件に当てはまる人を七高僧に選ばれたとは考えられません。結論からいえば七人に共通する条件が明らかになりますが、親鸞聖人ご自身の選び方はそうではなかったと思われます。

 親鸞聖人が最初に選ばれたのは、直接教えを受けられた法然(源空)上人でしょう。法然上人は源信和尚の『往生要集』の指南によって善導大師の『観経疏』を読み、浄土教に入られた方ですから、源信和尚と善導大師が選ばれます。同様に善導大師の師匠である道綽禅師と、その師・曇鸞大師が選ばれます。さらに曇鸞大師は龍樹菩薩の思想教学を受けつぎながら、天親菩薩の『浄土論』を解釈した『往生論註』をつくられました。しかも、龍樹菩薩はその著作『十住毘婆沙論』の中でご自身の信仰として阿弥陀仏の浄土への願生を述べておられます。そこでインドにおける相承の祖師として龍樹菩薩と天親菩薩をとり入れたと見るのが自然ではないかと思われます。

 なお、親鸞聖人は、『往生論註』の教学に開顕されたとき、天親の「親」、曇鸞の「鸞」をとって「親鸞」と名乗るようになったと推定されています。