天親菩薩

七高僧第2祖
4世紀〜5世紀頃(日本は古墳時代、大和朝廷の頃)

●著作 『浄土論』
●特色  阿弥陀如来におまかせする一心の信心の大切さを教え、すすめた。(宣布一心)

●略伝

 七高僧の第二祖天親菩薩は、インド名をヴァスバンドゥといい、訳して天親といいますが、一般には世親という訳名がよく用いられます。小乗仏教について五百部、大乗仏教について五百部の論(注釈書)を造ったといわれ、「千部の論主」と称されています。世親は北インドに生まれ、兄弟三人そろって仏道に入りました。最初、小乗仏教を学び、その広い学識をもって大乗仏教を厳しく批判しました。彼は、「大乗は釈尊の説いたものではない」と主張したのです。後に大乗仏教に転じましたが、それには次のような話しが伝えられています。

世親の兄の無著菩薩は、すでに大乗に帰して諸国で説法をしていました。彼は、弟の世親が小乗にとらわれて大乗を悪くいうのを少なからず心配していました。たまたま、世親が近くを通ることを知った無著は、一計を案じ、弟子に「兄の無著菩薩が危篤だ」と伝えさせます。驚いて駆けつけた世親に向かって無著は言います。「わしは心の病気じゃ。その原因はお前なのだ。お前は小乗にこだわりすぎ、大乗の何であるかをまったく知ろうとしない。そのためにお前が将来大きな苦を受けるだろうと思うと、心が安まらんのじゃ」

無著は世親に大乗の教えを諄々と説いて聞かせました。世親は大乗を誹謗した自らの誤りに少し気づきはじめます。その日は兄・無著のところに泊まることになりました。深夜、人の声がします。目をさまして静かに聞いていた世親は翻然として大乗の教えのすばらしさに気づいたのです。世親が聞いたのは無著の弟子が大乗経典を読誦する声だったのです。

世親は直ちに大乗に帰するとともに、今まで大乗を誹謗したことを大いに懺悔し、大乗を誹謗した自らの舌を断ち切ろうとしました。その時、兄の無著は「舌を断ち切っても真の懺悔にはならない。本当にすまないと思うのであれば、大乗を誹謗したその舌で大乗の教えを生命をかけて説いていくべきではないか…」と諭したといいます。
非常に聡明であった世親は、後に兄をしのぐ大乗仏教の学僧になりました。大乗をそしる舌を、大乗を弘める大広舌に変えたのでした。