性根を入れる?


 仏壇を新しくお迎えしたとき、「性根(ショウネ)を入れてくれ」とお寺さんに頼まれる方があります。それまで「モノ」にすぎなかった木像なり絵像に魂を吹き込んで、いのちある「ホトケさま」にするとでもいうのでしょうか。ホトケさまに性根が入ったから、その家を守護してくれるのでしょうか。第一、僧侶の読経によってどうしてご本尊に性根が入るのでしょうか。そのようにご本尊に魂を吹き込めるような特殊な能力を持ったお方は、全国の浄土真宗の僧侶の中には誰一人としていないはずです。そもそも「性根」って何なんでしょうか。そういう得体のしれないものに振り回されたら、何のための仏壇なのかを見失ってしまいます。
 仏壇は、ご先祖様を祠るところでも、一家を守護するホトケさまのおられる場所でも、霊界とこの世の接点というものでもありません。それらは手前勝手な現世利益にもとづく迷信にほかなりません。そのような手近な幸福を求めようとする態度は、もっとも浄土真宗の教えにそむくものです。
 浄土真宗にとって、仏壇は「聴聞の機縁」となるものです。お浄土の荘厳を目の当たりにすることによって、阿弥陀如来のお心にふれ、煩悩にまみれた自分自身の本当の姿を気づかされていく。それを通じて、如来の声を聞く、聴聞ということにつながっていくのです。だから、家に死者があろうがなかろうが、仏壇は是非備えておくべきものです。
 発想を転換して、仏像に魂が宿っているのではないかなどという迷い心を、いまだ自分は持っていたんだということを、仏壇を通じて気づかされていくことが大事なのです。
 なお、仏壇を新しくお迎えしたとき、「入仏式」という儀式を行います。これは、聴聞のご縁に遇えたことを祝い、これから聴聞を重ねていくことを決意する儀式といえます。決して「性根を入れる」儀式ではありません。

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